東京地方裁判所 昭和44年(行ウ)69号 判決 1971年11月23日
東京都杉並区浜田山一丁目一七番二六号
原告
野村はる
右訴訟代理人弁護士
天野亮一
東京都杉並区成田東四丁目一五番八号
被告
杉並税務署長
内藤近義
右指定代理人
広木重喜
同
石倉文雄
同
岡崎真喜次
同
岡田俊雄
同
加藤呂一
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一申立て
(原告)
「原告の昭和三九年分所得税について被告が昭和四三年三月七日付でした更正処分を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求める。
(被告)
主文同旨の判決を求める。
第二原告の請求原因
一、原告は、その昭和三九年分所得税について昭和四〇年三月九日被告に対し所得金額零円として確定申告をしたところ、被告は、原告に三三八万四、五四〇円の譲渡所得ありとして、昭和四三年三月七日その旨の更正処分をした。この処分に対し、原告は、適法な異議手続を経て東京国税局長に審査請求をしたが、昭和四三年一二月三日付でこれを棄却され、翌四四年一月一八日にその裁決書謄本の送達を受けた。
二、しかし、右更正処分は、つぎに述べるとおり旧租税特別措置法(昭和四四年法律一五号による改正前のもの。以下たんに法という。)三五条の適用を誤つたものである。
(一) 原告は、昭和三九年五月一五日自己の所有する東京都杉並区下高井戸二丁目七二四番の二ないし九の宅地五一二・七六平方メートル(以下これを本件譲渡資産という。)を訴外西村不動産株式会社に代金一、一三二万三、〇〇〇円で譲渡し、同年一二月二〇日に訴外増永昌平から東京都千代田区四番町四番の八の宅地五三九・六七平方メートル(以下これを(イ)物件という。)を、ついで同年一二月二三日に訴外新東京土地株式会社から東京都新宿区角筈三丁目一六六番宅地五三・九五平方メートルの借地権と地上家屋(以下これを(ロ)物件という。)を買い受けた。そこで、原告は、前記譲渡収入につき右(イ)物件を買換資産として法三五条の適用を受けるべく、昭和四〇年三月九日同条三項所定の事項を記載した昭和三九年分所得税の確定申告書を被告に提出したが、右(イ)物件には不法占拠者がいて早急に明渡しを得られないことが判明したので、申告期限内である同年三月末ごろ買換資産を(イ)物件から(ロ)物件に変更する旨を被告に届け出て、同年七月二九日から原告の夫野村十郎が(ロ)物件に居住していた。
(二) ところが、その後、右(ロ)物件は東京都市計画事業放射第五号線街路築造事業のため東京都に買収され、昭和四〇年九月三〇日に家屋が取りこわされたので、原告は、これに代わるものとして、東京都世田谷区砧町九四番地の土地三一〇・七四平方メートルおよび地上家屋(以下これを(ハ)物件という。)につき買取りの交渉を進めるとともに、昭和四一年三月四日ごろ杉並税務署の担当係官に対し、以上の経過を説明して、(ハ)物件を本件の買換資産として認めてもらいたい旨申し出たところ、同係官から、(ハ)物件だけでなくそれ以外の物件でも早急に取得したときは買換資産として承認するといわれたので、同月一一日、まず右(ハ)物件について法三五条二項の見積承認申請書を被告に提出した(もつとも、右申請書には譲渡資産を(ロ)物件、買換資産を(ハ)物件と記載したが、右譲渡資産の記載は本件譲渡資産とすべきところを誤記したものである。)しかし、その後右(ハ)物件を予定どおり取得することができなかつたので、原告は、前同様担当係官の承認を得たうえで、これに代わる買換資産として、同年五月三〇日東京都杉並区下高井戸二丁目七二五番所在の家屋(以下これを(ニ)物件という。)を取得し、以来これを居住の用に供している。
(三) 以上によれば、前記(ロ)物件は本件譲渡資産に対応する買換資産として法三五条の適用を受けえたものであり、したがつて、右物件が道路建設というやむをえない事情により東京都に買収されたため、これに代わるものとして担当係官の承認のもとに取得した(ニ)物件についても同条の適用があることは当然である。よつて、原告は、右(ニ)物件を買換資産として同条の特例を適用すべきことを主張する。
(四) かりに右主張が理由がないとしても、本件譲渡資産が法三五条の意味において「譲渡」された時期は四〇年七月六日であるとすべきであるから、その後一年以内に取得された(ニ)物件について同条の適用が認められるべきである。すなわち、原告は、本件確定申告にあたり、所得の発生時期は契約の時であるとの税務署の見解に従い、本件譲渡資産の譲渡の日を昭和三九年五月一五日として申告したがその売買契約における代金支払いの約定をみると、買受人は、契約と同時に手付金として一五〇万円を支払い、契約後一ケ月以内に目的土地に建売住宅二棟の建築に着手し、着手後五か月以内にこれを完成してその売却代金を残代金の支払いに充て、さらにその残額については、その後二か月以内に同様の住宅二棟の建築に着手し、八か月以内に完成したうえその売却代金をもつて支払うものと定められていた。このため、昭和四〇年三月の申告時までに原告が取得した代金額は七四四万五、六六〇円(うち昭和三九年中の入金額四一三万円)であり、しかも支払いを完了するまでは解約の危険もあつたので、申告当時において原告が契約上の売渡代金金額をもつて買換資産を取得することはとうてい不可能であつた。もし買換資産を取得すべき期限を契約の日から起算するとすれば、右申告の時にはわずか二か月の余裕しかなく、法三五条の特例の適用を受ける余地はほとんどないこととなる。したがつて、本件において右特例の適用の有無を定めるにあたつては、契約の日をもつて法三五条にいう「譲渡の日」とみるべきでなく、右契約に基づく代金が完済され移転登記の行なわれた昭和四〇年七月六日を「譲渡の日」と認めるべきであり、そうすると、(ニ)物件について同条の適用があることは当然である。
三、よつて、本件更正処分の取消しを求める。
第三被告の答弁および主張
一、請求原因一項の事実は認める。
請求原因二項の(一)のうち、原告の(ロ)物件取得の時期および原告の夫野村十郎が同物件に居住したときとの事実は否認、原告が買換資産を(イ)物件から(ロ)物件に変更した理由は不知その余の事実は認める。原告が(ロ)物件を取得したのは昭和四〇年三月一六日である。
同項の(ニ)のうち、(ロ)物件が原告主張のとおり東京都に買収され、家屋が取りこわされたこと、原告が昭和四一年三月一一日譲渡資産および買換資産をその主張のとおり記載した法三五条二項の見積承認申請書を提出したこと、その後、原告が(ニ)物件を取得し、これを居住の用に供していることは認める(ただし、(ニ)物件取得の時期は昭和四一年五月三〇日でなく、同年六月一日である。)が、その余の事実は争う。右見積承認申請書は、その記載から明らかなとおり、原告の昭和四〇年分所得税について(ロ)物件を譲渡資産、(ハ)物件を買換資産として法三五条の特例の適用を求めたものであつて、本件には関係がない。
同項の(三)および(四)の主張は争う。
二、原告は、前記のとおり、昭和三九年五月一五日に本件譲渡資産を一、一三二万三、〇〇〇円で他に譲渡したので、右代金額から取得価額三七四万〇、五五〇円、改良費五一万三、三七〇円、譲渡経費一五万円を控除した六九一万九、〇八〇円につき、法定の特別控除額一五万円を差し引いた金額の二分の一に相当する三三八万四、五四〇円を課税標準として本件更正処分を行なつたものである。
三、法三五条の特例の適用について
(一) (イ)物件 原告は同物件に居住した事実がないから、買換資産にあたらない。
(二) (ロ)物件 同物件についても原告が居住した事実はない。同物件が東京都に買収されることは訴外新東京土地株式会社の所有当時から十分知られていたことであつて、同会社は昭和四〇年三月六日に東京都に対して同物件の移転承諾をした後にこれを原告に譲渡したものであり、その代表取締役野村十郎が原告の夫であることや、原告が当時他に住居を有していたことなどからすれば、原告が居住の用に供するために同物件を取得したものでないことは明らかである。実際上も、同物件には前記訴外会社の前所有者である訴外菊田静枝らが昭和四〇年八月三一日まで居住しており、同年九月三〇日には同物件が取りこわされているのであるから、原告またはその夫がこれに居住できる状態ではなかつた。
(三) (ハ)物件 同物件はたんなる取得予定のものにすぎず、現実に取得しなかつたから、買換資産とはいえない。
(四) (ニ)物件 原告が同物件を取得したのは昭和四一年六月一日であり譲渡資産の譲渡の日から一年以内という法定の取得期限を経過している。
以上のとおりであるから、右(イ)(ロ)(ハ)(ニ)の各物件についてはいずれも法三五条を適用すべき要件を欠くというべきであり、その適用を求める原告の主張は失当である。
第四証拠関係
(原告)
甲第一ないし第一七号証を提出。証人野村十郎、同岸田安夫、同石原一郎の各証言を援用
乙第一ないし第七号証、第一二号証の二ないし一三、第一三ないし第一六号証の成立は認めるが、その余の乙号証の成立は不知。
(被告)
乙第一ないし第八号証、第九号証の一ないし三、第一〇、一一号証、第一二号証の一ないし一三、第一三ないし第一七号証を提出。証人菊田静枝、同石原一郎の各証言を援用
甲第二、三号証、第六ないし第一〇号証、第一二号証、第一四、一五号証、第一七号証の成立は認めるが、その余の甲号証の成立は不知。
理由
一、請求原因一項の事実ならびに原告が昭和三九年五月一五日本件譲渡資産を訴外西村不動産株式会社に代金一、一三二万三、〇〇〇円で譲渡したことは、当事者間に争いがない。
二、そこで、右資産の譲渡に対応する買換資産の取得の関係についてみると、原告が昭和三九年一二月二〇日訴外増永昌平から(イ)物件を買い受け、これを買換資産として法三五条の適用を受けるべく、昭和四〇年三月九日に同条三項所定の事項を記載した昭和三九年分所得税の確定申告書を被告に提出したが、右(イ)物件の取得後(ただし、その時期については後に判断する。)に訴外新東京土地株式会社から(ロ)物件を取得したので、昭和四〇年三月末日ごろ買換資産を(イ)物件から(ロ)物件に変更する旨被告に届けたこと、その後、右(ロ)物件は東京都市計画事業放射第五号線街路築造事業のため東京都に買収され、昭和四〇年九月三〇日に家屋が取りこわされたこと、昭和四一年三月一一日、原告は、 (ハ)物件を取得する予定であるとして、譲渡資産を(ロ)物件、買換資産を(ハ)物件と記載した法三五条二項の見積承認申請書を被告に提出したが、右(ハ)物件を取得できなかつたので、同年五月三〇日もしくは六月一日ごろ(ニ)物件を取得してこれを居住の用に供したこと、以上の事実は当事者間に争いがない。
三、原告は、右(ロ)(ニ)物件の取得が法三五条の居住用資産の買換えにあたると主張するので、この点について検討する。
(一) (ロ)物件について
まず、右物件を原告が取得した時期について争いがあるが、成立に争いのない乙第一三、一四号証、弁論の全趣旨により成立を認める甲第一号証、第四号証、第一六号証によれば、原告は、右物件について昭和三九年一二月二三日に訴外新東京土地株式会社と売買予約をしたうえ、翌四〇年三月一六日に本契約を締結し、同日その所有権を取得したことが認められ、これに反する証人野村十郎の証言は採用できない。
ところで、法三五条二項は、個人が譲渡資産の譲渡の日の属する翌年で譲渡の日から一年以内に居住用資産を取得し、かつ、右取得の日から一年以内に居住の用に供する見込みである場合につき、同条一項の課税の特例の準用を認めているが、右取得の日から一年以内に現実にこれを居住の用に供しなかつた場合には右特例の準用を受けえないことが明らかであるところ、原告は、本件における右居住の要件に関し、昭和四〇年七月二九日から(ロ)物件の家屋が取りこわされた同年九月三〇日までの間原告の夫野村十郎が同物件に居住したと主張する。しかし、右主張に符合する証人野村十郎の証言は、公文書であるから真正に成立したものと推定すべき乙第一七号証および証人菊田静枝の証言と対比してとうてい措信するに足りず、また、成立に争いのない甲第二、三号証も原告およびその夫の居住の実態を正確にあらわしたものとは認めがたく、他に原告が(ロ)物件を居住の用に供した事実を認めるに足りる証拠はない。
したがつて、同物件について法三五条二項の適用を認めることはできない。
(二) (ニ)物件について
原告は、(ニ)物件が本来法三五条の適用を受けえた(ロ)物件に代るものであり、かつ、(ニ)物件を買換資産とすることについて杉並税務署の担当係官の承諾を得ているから、同物件にも同条が適用されるべきであると主張する。しかし、(ロ)物件に同条の適用がないことは、前記のとおりであるし、また、右原告の主張する承認を得た旨の証人岸田安夫の証言は証人石原一郎の証言にてらしてたやすく措信できず、他に右承認の事実を認めるに足りる証拠はない。したがつて、本件譲渡資産の譲渡の日から一年以内に取得したものでないことにつき争いのない(ニ)物件については、法三五条二項を適用する余地がないことは明らかである。
また、原告は、本件譲渡資産の譲渡の日を売買契約の日ではなく、代金が完済され移転登記の行なわれた昭和四〇年七月六日とすべきであるとも主張する。しかし、法三五条にいう「譲渡の日」とは、その譲渡収入の帰属時期とは直接のかかわりがなく、譲渡資産の所有権移転の日をさすものと解すべきであり、成立に争いのない甲第七号証によつて認められる本件譲渡資産の売買契約の内容からすれば他に特段の事情がないかぎり、右契約と同時にその所有権も相手方に移転したものと認められるので、その日から取得期間を起算すべきことは当然である(なお、この点に関連して、原告は、本件譲渡代金全額を昭和三九年の収入とすること自体に不服を有するかのようであるが、本件事実関係のもとにおいては、右代金全額を同年中において収入すべきことの確定した金額とみるのが相当であるので、付言する)。
四、以上のしだいで、原告の主張はすべて理由がなく、他に本件更正処分を違法とすべき事由は認められない。
よつて、本件請求を棄却することとし、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 内藤正久 裁判官 佐藤繁 裁判官 海保寛)